心会之事 – 『養生大意抄』上

凡例

(1)変体仮名、片仮名などは、現行のひらがなに改めた。

(2)文脈から判断し、適宜句読点を加えた。

(3)原書にある右側の傍訓は文字の上に、左側の傍訓は[]内に記した。

(4)細字は〔〕内に記した。

(5)旧仮名遣いと送り仮名はそのままとし、旧字体や俗字などは原則として新字体にした。

(6)底本に国立公文書館内閣文庫所蔵本を用いた。

心会之事

(およそ)自己(じこ)()は、(きみ)父母(ちちはは)(めぐみ)()生育(せいいく)せし。わが()なれば、わが(わたくし)(もの)にあらず。()あれば、わか()(うち)がの皮膚(ひふ)毛髮(もうはつ)といへども、毀傷(そこなひやぶ)るべからず。(つつしみ)保養(ほやう)生命(せいめい)(まつた)くし(なが)(きみ)父母(ちちはは)とに(つかへ)て、(その)洪恩(こうおん)(ほふ)ずべし。(もし)(この)()(やす)からぜられば、人倫(しんりん)(おこなひ)(だい)一なる忠孝(ちうこう)をおこのふことあたわず。()(おさめ)家をととのへ、国をおさむるも、此身安きがうへの事なれば、(たつとき)となく(いやしき)となく養生は人間(にんげん)先務(せんむ)なること必せり。

養生(やうぜう)といふときは(こと)々しく(きこ)ゆれども()にあらず。(たた)(こん)立居(たちい)(しよく)男女(だんじよ)(うへ)(つき)て少く心を用ゆる(まで)の事にして事はおこなひ(やす)(えき)は甚多し。然れは我心にありて()にあらず。素問(そもん)と云古き医書(いしよ)に心は君主(くんしゆ[きみあるじ])(くわん)といへり。其他の蔵府(ぞうふ)()(がい)臣下(しんか)にして(おのおの)(つかさどる)(しよく)あり。假令(たとへば)()よく(にぎ)(あし)よく(はし)るは各自(それそれ)(しよく)なれども、心に(はし)らんと(おも)はざれば、(はし)らす。(これ)臣下(しんか)(きみ)命令(めいれい[おせつけられ])(うけたまはり)て其役々(やくやく)(つとむ)るがことし。今(はもの)(ぬき)はなち()(おち)てあるをよけぬれば、手足(てあし)無事(ぶじ)なり。よけざれば(きづ)つく。よくるとよけざると(みな)心にありて手脚(てあし)にあらず。此故に養生(やうぜう)(みち)如何(いかが)養生(ようぜう)(てだて)如何(いかが)(つまびらか)(たづね)(もとめ)てよしあしをよく心に(わきまへ)(わかち)(つとめ)(おこ)たるべからず。

○凡人は天地自然(しぜん)()(したが)ひ、各自(それそれ)(その)職分(しよくぶん)三昧(ざんまい)にして、念々(ねんねん)(たへ)(おこ)たらざるを人生(じんせい)自然(しぜん)の道とす。此自然に従ひ(つかさどる)所の職分(しよくぶん)(つとめ)(おこた)ることなきを養生の専務(せんむ)としるべし。日月星辰(せいしん)行動(ぎやうどう)し給へるは、天の職分なり。寂然(せきぜん)として万古(ばんこ)(うごか)ざるは地の職分にして数万載(すまんざい)といへども(まも)(つとめ)片時(へんじ)(やま)ざるは、天地も亦自然(しぜん)に任て毫髪(がうはつ)の私なければなり。是故に天地墜壊(おちくず)るることなし。士農工商(しのふこうせい)(とう)(こと)なれども、(その)(いとなむ)所は同じく汲々(きふきふ)として(つとめ)(おこた)ること無き時は、心に(あるし)あるゆへ気分(きぶん)張相(はりあひ)もよく筋骨(きんこつ)脈絡(みやくらく)流通(りうつう)して内因(ないいん)(やまひ)おこることなし。

本邦(ほんほう)(むかし)武内大臣(たけのうちだいじん)は六(ちやう)(てい)(つかへ)(くわん)(ある)こと二百四十四年なりと補任(ほにん)水鏡(すいきやう)(とう)(しよ)にあり。其(あいだ)皇后(こうごう)(したがひ)て三(かん)(せい)(はかりこと)を以て忍熊(おしくま)(ぐん)(やぶ)りし、類勲(るいくん)(かう)(もつとも)多かりしに寿数(しゆすう)二百九十五歳にして(ぼつ)すといい、或は三百九十歳なり抔いう説あり。異国(いこく)元魏(げんぎ)羅結(らけつ)は年百七歳の(とき)三十六(そう)(こと)(すべ)たるに(せい)(さわやか)にして(おとろへ)ず後百二十歳にて卒したるよし、魏書(ぎしよ)(みえ)たり。内経(だいきやう)恬澹(てんたん)虚無(きよぶ)なれば真気(しんき)これに従ひ、精神(せいしん)(うち)(まも)らば病いづくより来らんとあり。(てん)(せい)なり(たん)(あん)なり。其(くん)じて恬憺(てんたん)虚無(きよぶ)とは、自然の(みち)(やすん)じて吾(いとなむ)べき職分(しよくぶん)をよく(つとめ)妄念(もうねん)(よく)(しん)(うご)かすことなき無為(ぶい)自然(しぜん)(いい)にして天地自然の理に(したが)ひて私なきをいへり。(いたづら)にうかうかとしているは、私にして自然の(みち)にあらず。論語(ろんご)無為(ぶい)にして(おさむる)者は(それ)(しゆん)かとある。無為(ぶい)の文字を見てしるべし。うかうかとして天下を(おさめ)たまひたるにはあるまじ。今もよく其職分を勤る人の老ひて(ますます)壮健(そうけん)なる者おほきを見て其()(さと)るべし。

○凡(いたづら)にうつかりとして日を(むな)しく(くら)すことを(ふか)(いましむ)べし。(いたづら)にうかうかとして(くら)せば気たるみ、精神(せいしん)(ぬけ)筋脈(きんみやく)ゆるみ其うへに心に(あるじ)なき故、種々(しゆしゆ)妄念(もうねん)慾心(よくしん)(きざし)(うごき)(はて)(やまひ)を生ずるに至る者おほし。老年(ろうねん)(まで)堅固(けんご)(つとめ)たる人の隠居(いんきよ)して()もなく病気(びやうき)づく人おほきを見て(しる)べし。冨貴(ふうき)(かた)(あるひ)閑逸(ひま)なる人、又は仕官(しかん)して(いとま)なく(つとめ)し人の致仕(つし[いんきよ])せし(みな)読書(とくしよ)三昧(ざんまい)をよしとす。()もなくは詩歌(しか)或は書画(しよぐは)(るい)に心を寄て(つね)に心の(あるじ)となすべし。(もし)右様の事(この)まざる人は、茶香(ちやかう)鞦鞠(しうきく[けまり])のたぐひよし。田夫(でんぷ)野老(やろう)村媼(そんおん[うば])里婦(りふ[かか])(たぐひ)心を()すべき事なきは、念仏(ねんぶつ)三昧(ざんまい)題目(だいもく)三昧(ざんまい)抔心の(あるじ)となすも亦主なきには(まさ)れり。凡(さむらひ)たる人は、其職分(しよくぶん)(なか)文武(ぶんぶ)(みち)(ひろ)(たのしむ)べき事おほければ、()伎芸(きげい)(あそぶ)には(およ)ばざるべし。

○心は(しづか)にして(やはら)かに(さは)がしからざるを養生(やうぜう)の一大要務(やうむ)とす。如何となれば凡人の耳目口鼻(にもくかうび[みみめくちはな])の七(きやう[あな])(みな)上に在ゆへ見聞(けんもん)言語(げんぎよ)飲食(いんしい)(つき)身内(みのうち)諸気(しよき)(ことごと)上部(せうぶ)(ひき)あぐることのみなり。然るに心あらあら忙(せは)しければや神気(しんき)うかみて気うはつる故、心気おさまらず、(ただ)逆上のみにて下降することなし。素問(そもん)に気(くだ)るを(しゆん)としのぼるを(ぎやく)とすといへり。気(つね)逆上(ぎやくぜう)して(ひさし)ければ必病を生ず。気常に順下(しゆんげ)なれば(おのづから)無病(むびやふ)にして長寿(ちやうじゆ)(もとひ)なり。此故に心せまらずせわしからざれば、心気(のびやか)にして()(おのづから)(しゆん)なり。気順なれば病おこらず。

○人に性と(ならひ)の二つあり。性は(かへ)がたし。(ならひ)に亦二つあり。貴賤(きせん)風土(ふうど)(ならひ)(あらたむ)べからず。心の習は心にてよしあしをわかち、あしき事ならばあらたむべし。假令(たとへば)かくせんと思へば初めの(ほど)はくるしく思わるるものなれども、是を(しひ)てつとめつとむる事久しければ、此になれて常に成り後には性質(せいしつ)の様になるものなり。古人(こじん)(ならひ)成性(せいとなる)といへり。(もし)あしき事になれて後によき事をつとめんとすれば、くるしくてこらへ(がた)し。故に養生の道によきことは早く我心を(おさ)へこらへてつとむべし。後に(おおひ)なる(えき)あり。(じゆ)克己(おのれにかつて)復礼(れいにふくす)とあるは、(わが)(わたくし)(ほしひ)ままなる性を(おさへ)かちて礼法(れいほふ)(かへ)るをいふ。養生の道も()のごとし。私の慾念(よくねん)(おさ)(かち)父母(ちちはは)(めぐ)(たま)へる吾身(わがみ)(やしな)ひ天より(さずかり)寿命(じゆみやう)(つく)すべしと(かた)(こころざし)(たつ)べきなり。

○養生の道はなに事によらず心の(ほしいまま)なるべきをこらへて、(ほど)にあたるを()とせんと心掛(こころがく)べし。古語(こご)にも(にん)は身の(たから)なり。又莫大(はくたい)(あやまり)須臾(しばらく)(しのび)ざるより(おこ)るとありて、(にん)とはこらゆる事なり。假令(たとへば)美味(うまきあじ)嗜好(すきこの)める食物(しよくもつ)にても十分にくひたしと(おも)慾念(よくねん)をこらへて八九分にて(やめ)色念(しきねん)(おこ)りしも度数(どすふ)(かんがへ)()(すぎ)ざる様にこらへて其法を守り(つと)むること久しければ常になりてこらへらるるものなれば、(はじめ)(すこ)しの間こらへにくしとも(こらへ)(つとむ)べし。凡其時に少しの(あいだ)わが心に愉快(こころよき)事おもしろき事は必ず後に害をなすこと多し。飲食(いんしい)男女(だんによ)慾念(よくねん)皆一()の間なり。少しの間をこらへて後に永く娯楽(たのしむ)べし。故に(ふる)()(にん)(すぎ)(こと)(よろこぶに)(たへ)たりとあり。

養生(やうじやう)の法(すべ)(たのみ)にする事を(ふか)(いましむ)べし。吾身のつよきを(たのみ)にして飲食(いんしい)色慾(しきよく)(ほしいまま)にし、吾身のわかきを恃にして不養生と知りながら養生にあしき事をなし、或は人疾病あり少く快時快を恃にして飲食等の禁忌を慎ず或は()腎の(くすり)補脾(ほひ)の薬を(ふく)するを(たのみ)にして養生(やうぜう)(みち)を守らず。後に(おおい)なる(がい)をなすことなれば、謹て此戒をまもるべし。

○凡人の()(はじめ)て父母に受得(うけえ)たる所の一気を真気(しんき)()づけ、又先天(せんてん)()ともいへり。(わが)(せい)根本(こんほん)にして(なを)草木(そうもく)()あるが如し。(この)先天(せんてん)()を父母より(さづか)り母(はは)(たい)分娩(ぶんべん[わかれうむる])してより以後(いご)は、乳味(ちち)(すひ)(こく)(しよく)して先天(せんてん)()(やしな)ひて(この)生命(せいめい)(たもつ)此故(このゆえ)水穀(すいこく)()後天(かうてん)()()づく(なを)草木(そうもく)()(たね)われて、嫰苗(なえ)を生してより以後、土気(どき)雨露(うろ)(やしなひ)に依て生長ずるが如し。此二気(にき)(たもち)(あひ)て人生百(さい)寿数(じゆすう)(つくす)に至る。霊枢経(れいすうきやう)といへる(ふる)医書(いしよ)真気(しんき)穀氣(こくき)(ならん)()(みつる)といへるは(この)()なり。養生の道此二気を養ひたもつの外ならず。先天の気は(しん)(ぞう)に在り。後天(こうてん)の気は脾胃(ひい)(あり)。人の身の二蔵(ぞう)を本とす。(じん)は五(ぞう)の本なり。脾胃(ひい)滋養(じやう[うるほしやしなふ])(みなもと)なり。本源(かた)ければ身安(みやす)して長寿(てうじゆ)なり。故に(もつはら)(この)本源(ほんげん)堅固(けんご)にすべきなり。

○凡何事(なにごと)をせんにも(ほど)あり。せつなくくるしきを(しい)てなせば、神気(しんき)(やぶり)又は筋骨(きんこつ)(やぶ)る。此故に若くるしくこらへがたく覚ば、はやく(やめ)(しばら)(やす)めて保養(ほうやう)神気(しんき)筋骨(きんこつ)(やや)(ふるき)(ふく)するを(まち)(ふたたび)なすべし。(とき)(あるひは)(ひま)(ぬすみ)(はる)(はな)(あき)(つき)(きやう)(もよふ)し、又は遊山(ゆうさん)玩水(ぐわんすい)(みな)心気(しんき)暢舒(ちやうぢよ[のびやかに])して(うつ)(とく)()たれども、(ほど)(すき)又は(つね)になれば(かへつ)(かい)あり。たまたまにして(しば)しの間なるをよしとす。(すべ)面白(おもしろき)(おもふ)ことは、吾身(わがみ)疲労(ひろう)するを(おぼ)えず。前後(ぜんご)忘果(わすれはつ)るに至る(ゆへ)(のち)(かならず)(かい)となることおほし。老子(ろうし)(はら)(ため)にして目の為にせずといへるは、是等(これら)()なるべし。

(いとま)あるときは経書(けいしよ)勿論(もちろん)事物(じぶつ)道理(どうり)かきたる書物(しよもつ)和漢(わかん)歴史(れきし)又は何にても実用(じつやう)(えき)ある書籍(しよぢやく)(みつから)(よま)(きく)べし。(あるひ)書物(しよもつ)(よみ)てよく道理(どうり)わきまへたる人あらば話説(はなし)させて(きく)も亦よしとす。物事(ものこと)道理(どうり)ひらけ古今(ここん)成敗(せいはい)(あと)(しる)(ゆへ)何事(なにこと)によらず(こと)(のぞん)で心(くつ)せず、(ゆき)つかへず、神気(しんき)(のび)やかなるゆへ七(ぜう)(くは)(きよく)総て気分(きぶん)鬱結(うつけつ[むすぼおれ])(やまひ)おこらずして神思(しんし)(やし)なふには(これ)(すぎ)たるなく(えき)のみ(おお)くして(そん)なし。(かつ)数千歳(すせんさい)(いにしへ)事実(じじつ)をわきまへ、数千里(すせんり)以外(いくわい)事物(じふつ)(みる)がことくに(しり)()()へぬ(いにしへ)聖賢(せいけん)名士(めいし)師友(しゆう)として人間(にんげん)(たのしみ)(これ)(すぎ)たるはあるまじ(いた)れるかな。天下(てんか)楽(楽しみ)終日(しうじつ)几案(きあん)(あり)(そう)司馬温公(しばおんこう)の言れしもことわりと覚ゆ。

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