男女慎之事 – 『養生大意抄』下

凡例

(1)変体仮名、片仮名などは、現行のひらがなに改めた。

(2)文脈から判断し、適宜句読点を加えた。

(3)原書にある右側の傍訓は文字の上に、左側の傍訓は[]内に記した。

(4)細字は〔〕内に記した。

(5)旧仮名遣いと送り仮名はそのままとし、旧字体や俗字などは原則として新字体にした。

(6)底本に国立公文書館内閣文庫所蔵本を用いた。

男女慎(なんによつつしみ)之事

男女(なんによ)(ましわ)りは人倫(しんりん)(もと)生命(せいめい)根源(こんげん)なり。故に聖人(せいしん)関雎(かんしよ)詩経(しきやう)三百(へん)(はじめ)(おき)(たま)へり。此道(このみち)なきときは(よつき)なく先祖(せんぞ)(まつり)(たつ)に至る。孟子(もうじ)不孝(ふかう)三ありの地(のち)なきを大なりとすと言へり。此故(このゆへ)(その)(よつぎ)(もとめ)んが(ため)吾身内(わかみのうち)至宝(しほう)なる精気(せいき)をもらす事にして吾一()娯楽(たのしみ)(きはめ)んが(ため)に此(みち)あるにあらず。此義をよく解釈(げしやく[がつてん])して吾精気(せいき)(おしむ)こと至宝(しはう)(おしむ)がことくして(つつし)男女(なんによ)(ただ)(よつぎ)(もとむ)るの(みち)心会(こころえ)べし。

(せい)身内(しんない)至宝(しほう)にして(この)()の本なり。素問(そもん)両精(りやうせい)(あい)(うち)(がつし)(かたち)(なす)に常に身に(さきだつ)て生る是を(せい)と謂うとあり。(せい)よく()(せいず)(きは)(しん)中の陽気(やうき)をいふ]()よく(しん)(せうず)(しん)(しん)(おさむ)微妙(びみょう)不測(ふそく)なる気を云](しん)(しん)布護(しきまも)る故に(せい)(さかん)なれば()(さかん)にして(しん)(まつた)ければ()(しこやか)にして(やまひ)おこらず。假令(たとへば)(やまひ)おこりても(かろ)し。此故(このゆへ)素問(そもん)に又曰(じん)は五(ぞう)(もと)也。是故(このゆへ)腎中(じんのうち)精液(せいえき)(もら)しへあらせば何程(なにほど)稟受(うまれつき)(さかん)なる人も下部(けぶ)元気(げんき)(とぼし)く成り五(ぞう)根本(こんほん)よはくして必種々(しゆしゆ)(やまひ)蜂起(ほうき)(くすり)(もちい)ても(しるし)なし。(ついに)(てん)より(さづかり)()たる寿数(じゆすふ)(ちぢむ)るに(いた)る。可慎(つつしむべし)可戒(いましむべし)

男女(なんによ)交接(こうぜつ)()古人(こじん)(さだむ)る所の法則(ほうそく)あり(つつしみ)(まも)るべし。其法則(ほうそく)左のごとし。

人年二十以前は血気(けつき)(はつ)していまだ堅固(けんご)ならず。此故にしばしば精気(せいき)(もら)せば生発(せいはち)の気を(そん)して一生の根本(こんほん)よわくなるなれば、(もつとも)(つつしむ)べし。達生録(たつせいろく)といへる書にも男子(なんし)(とし)いまだ二十ならざれば精気(せいき)いまだたらずして慾念(よくねん)(うごき)やすし。(せつ)謹慎(つつしみつつしむ)べしといへり。此故に千金方(せんきんほう)には二十以前交接(かふせつ)()をいはず。其()を考(かんがへ)しるべきなり。

人年二十者四日[に]一(せつ)

廿歳頃より三十歳ころ迄は四日めに一度交接(かうせつ)あるべしとなり。

一月[に]七八度なるべし。

人年三十者八日[に]一(せつ)

三十歳頃より四十歳頃迄は八日に一度交泄あるべしとなり。

一月に四度なるべし。

人四十歳者十六日一(せつ)

四十歳頃より五十歳頃迄は十六日めに一度交接あるべしとなり。

人年五十歳者二十日一泄

五十歳頃より六十歳頃迄は二十日めに一度交接あるべしとなり。

人年六十者勿泄

六十歳よりしては房事あるべからず。

右の法は孫思邈の千金方(せんきんほう)()する所也。(つつしみ)(まもる)べし。若稟受(ひんじゆ)(うす)き人はなお此うへをも(へら)すべし。

(せい)()(もと)なるを色念(しきねん)のおこるに(まかせ)数々(しばしば)(せい)(もら)せば真気(しんき)耗散(がうさん)して()をまもらず。故に種々(しゆしゆ)(やまひ)おこりて天より(さづか)りし寿命(じゆみやう)(みじか)くし精気(せいき)内に(みた)ざる故に()を生ぜず。子ありても(いく)しがたし。(いく)してもうまれ(うす)病身(ひやうしん)にして短命(たんめい)なるものおほし。然れは多慾(たよく)なれば其(かい)かくのごとし。(みつから)(かんがへ)(つつし)むべし。

子孫(しそん)(おお)生育(せいいく)家門(かもん)繁栄(はんえひ)にして吾身(わかみ)無病(みびやう)長寿(ちやうじゆ)ならんことを(ねが)はば、房事(ぼうじ)度数(とすう)少なきをよしとす。度数(どすう)少なければ陰精(いんせい)腎蔵(じんぞう)(ちう)(つみ)(たくわへ)真気(しんき)(うち)充足(みちたる)故、能(たい)をなして生子(せいし)おほく其子の稟受(うまれつき)(さかん)にしてよく成長(せいちやう)す。吾身(わがみ)もまた堅固(けんご)にして寿(じゆ)(たもつ)(これ)寡欲(くはよく)なるがゆへなること(むかし)より其ためし多し。

○凡(ひと)色念(しきねん)(おこ)りたるをこらゆることあれば、腎気(じんき)うごきて精気(せいき)もれざる故、下部(げぶ)(とどこう)りて敗精(はいせい)となり、妬精瘡(どせいそう)白淫(はくいん)疳瘡(かんそう)等の(やまひ)となることあり。(もし)色念(しきねん)うごきたるを(しい)(こらへ)たることある(とき)ははやく温湯(あつきゆ)(よく)下部(げぶ)をよくあたたむべし。鬱滞(うつたい)()めぐる故右様の腫物(しゆしゆ)になることなし。

灸治(きうぢ)ありし前後(ぜんご)三日つつ房事(ぼうじ)(いむ)

○凡女子(によし)経水(けいすい)いまだ(つき)ずして(きよ)からざる内は房事(ほうじ)あるべからず。

○凡房事(ぼうじ)ありて其まま(ふし)ねむるべからず。すぐに(あを)にふして(ひと)(むね)より(はら)(うえ)より(しも)(かた)へそろそろとかろく(なで)おろさす事()(へん)して後ねむるべし。(みづか)如此(かくのごとく)するはいよいよよし。大に気血(きけつ)をめぐらし房労(ぼうろう)(ふく)して(えき)あり。(はる)季夏(すへ)(なつ)(あいだ)天気(てんき)晴穏(せいおん)なる(とき)(たつ)室内(しつない)又は(には)抔を(ゆるやかに)(あゆ)むこと数遍(すへん)なるもよしとす。

日蝕(につしよく)月蝕(ぐわつしよく)雷電(らいてん)大風(たいふう)大雨(たいう)大暑(たいしよ)大寒(だいかん)地震(ぢしん)(とき)房事(ぼうじ)あるべからず。凡人は天地(てんち)()呼吸(こきう)して天気(てんき)と一気なるものなれば、天気(てんき)(ただ)しからざる(とき)人の精気(せいき)をもらせば(うち)(きよ)するゆへ(その)(きよ)(のり)不正(ふせう)邪気(ぢやき)(うち)に入て(やまひ)をなし(やす)し。(もし)(たい)(なせ)(うまるる)()も其不正(ふせい)()(うけ)(うま)るるによりてよろしからず。(つつし)(いまし)むべし。

飽食(ほうしよく)(のち)(おおい)(えひ)たる節忿怒(ふんど)(なか)遠行(えんかう)疲労(つかれ)たる時并に房事(ぼうじ)あるべからず。又小便(せうべん)(こらへ)(ぼう)(いる)べからず。(いつれ)(やまひ)(まね)くよし。三元延寿書(さんげんえんじゆしよ)にみへたり。(いづれ)心会(こころえ)置て(つつしむ)べし。

男女(なんによ)自然(しぜん)()なり。(わか)(せい)(もと)(よつき)(もとむ)るの(みち)なり。それすら(みだり)なるときは(がい)少なからず。(ゆへ)古人(こしん)(ふか)(いましめ)(たれ)たり。まして男色(なんしよく)非理(ひり)の事なり。一()(わが)(こころ)(こころよく)せんが(ため)(わか)生命(せいめい)本源(ほんげん)(わす)(みだり)精気(せいき)(もら)し、(すつ)るは至宝(しほう)淤泥(おでい)(うち)擲棄(なげうちすつる)にひとし。孝経(かうきやう)身体(しんたい)髪膚(はつふ)(あへ)毀傷(そこなひやぶ)らざるを(かう)(はじめ)とすとあり。(しか)るに父母(ふぼ)受得(うけえ)たる吾身(わかみ)本源(ほんげん)たる精液(せいえき)(みだり)(つうや)(すて)(わか)生命(せいめい)(かろん)ずるは、(おおい)(みち)(そむ)けり。書経(しよきやう)伊訓(いくん)にも頑童(ぐわんどう)()するの(いまし)めあれば、此等(これら)の義をわきまへ考て男色(なんしよく)假染(かりそめ)にもあるまじき事に(きはま)れり。

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