起居動作之事 – 『養生大意抄』下
凡例
(1)変体仮名、片仮名などは、現行のひらがなに改めた。
(2)文脈から判断し、適宜句読点を加えた。
(3)原書にある右側の傍訓は文字の上に、左側の傍訓は[]内に記した。
(4)細字は〔〕内に記した。
(5)旧仮名遣いと送り仮名はそのままとし、旧字体や俗字などは原則として新字体にした。
(6)底本に国立公文書館内閣文庫所蔵本を用いた。
起居動作の事
呂氏春秋に流水腐ず戸枢蠧ずとあり。流水戸枢〔戸枢とは戸のくるるなり〕は動てやまざるもの也。常に動ある物は腐ず蠧ざるをいふ。凡人の身も常に動作あるをよしとす。動作せざれは脾胃の気運行せず。気血壅滞して病を生ず。常に動作あれば脾胃の気めぐりて気血流行りて病を生ぜず。流水戸枢の不腐不蠧かごとし。然れども動作にも亦節あり。若節を過強て動作すれば、筋骨を傷りて害あり。其人の稟受によき程あり。一概に定がたし。何事にても吾体の辛苦せざる程動作するをよしとす。毎日務て動作すれば常になれていよいよ身健に成りて辛苦に思事なく、逸予して久しく体を動さず俄に動作すれば、辛苦に覚ものなれば、務てやまざるをよしとす。
○酒食の後いまだ消化ざるに臥しねむれば、酒食の気滞りて気血めぐらず病となる。若臥さば久しくねふるべからず。傍の人に言置てよびさまさしむべし。
○昼臥すべからず昼臥は気を上逆せしむ故に眼さむるとき目の中必す赤し。昼は陽気とともに開くべきに、かへつて閉る故、元気を傷る。詩経にも夙興夜に寐とあるは、天の令に随へばなりと、陳龍正か保生帖にいへり。
○夜は早く臥すべし。若ねむらざれば、人の血を傷りて病を生す。已ことを得ざるとも、子の時を過すべからず。
○朝は早く起るをよしとす。冬は日光を待て起ぬるをよしとす。寒気を防かためなり。
○夏の夜庭園などにて星月の下に久しく坐臥すべからず。若久しく坐臥すれば夜気陰凉の気襲て霍乱等の病を生す。可恐。
○凡枯木大樹の下、久陰湿地に坐すべからず。又陰毒の気に中りて病を生ず。
○冬月早朝に出て遠く行には、粥を食すべし。生薑を食す又よし。
○陰霧の中を遠行べからず。霧はれて行べし。已ことを得ざるときは酒を好ほどのみて防ぐべし。陰霧の気に中ば中湿の病を生ず。
○雪中に歩行してひへたるとき、熱き湯にて足を濯ふべからず。又火に早くあたるべからず。早く熱き物を飲食すべからず。寒熱相激するゆへ病を生ず。
○空腹の時其儘浴すべからず。飽食して浴すべからず。皆よく湯気に中ることあり。
○熱湯に浴すべからず。気のぼりへる故なり。
○浴して後、すくに風にあたるべからず。浴後は人の肌ひらくゆへ、風に傷られやすし。
○盛暑のとき途中などにて冷水にて手足を洗べからず。まして水に浴すれば害はなはだし。
○凡四時の間寒暑燥湿風の気更々行れてやまざるものなり。慎て避べし。其気を犯て傷らるれば、其気に従て病を生す。若其時に病ざれば程すきて起ることあり。素問に春風に傷られて夏飡泄を生じ、夏暑に傷らえて秋痎瘧をなし、秋湿に傷られて冬欬嗽を生じ、冬寒に傷られて春温を病といへり。此故に其時無事なると恃に由断して寒暑を侵すべからず。